月夜見 “今年も来たぞ!”
         〜大川の向こう より


絶対人口があまりにも少ないがため、
晩秋にいきなり、
学級閉鎖ならぬ“学校閉鎖”なんて事態にも襲われたほどの、
小さな小さな中洲の里だけど。
住まわる人たちは、相も変わらず呑気でお元気。
世間のどちら様もが忙しくなる師走に突入して、
さすがに大掃除だの年越しの用意だのに、
追われておいでの様子じゃああるものの。
歩く速度が速まるでなし、井戸端会議が減るでなし。
駆け回る子供らの張り上げる声に負けないほど、
川風の中でもよぉく通るお声にて、

 「帰ったら手ぇ洗うんだよ。」
 「あーあーもう、靴紐ほどけてるじゃないか。転ばないようにね。」

といった、お母さんたちのお声掛けが飛び交うのは、
川向こうの本校へ通う、年長さんたちが戻って来た頃合いで。
小学生もやっとの冬休みを迎える週となり、

  となると、

大人になればなるほど年末や年越しに目が行きがちだが、
お子様たちはそうもいかない。
年越しという厳粛な神事…へ至るまでの、
清めにまつわる掃除だの、新しい年への支度だのと、
大人たちがドタバタする活気も嫌いじゃあないが。

 「その前にも大事な日があんじゃんかよな。」

家業が船を使った配送業なものだから、
父上や兄が家にいるところを見かけなくなるほど、
いつにも増して忙しくなってのこと。
会話自体も減ってのつまんないと、
ふっかふかな頬っぺを真ん丸く膨らませ、
ルフィ坊やが船着き場までお出迎えに来てくれていたのへと、

 「大人はしゃあねぇさ。」

川向こうみたいに、
商店街がそれなりの飾り付けとか宣伝とかやってでもないと、

 「クリスマスなんてのは、
  七夕より覚えてられねぇらしいからな。」

幼稚園に通うくらい小さい子がいたならば、
お遊戯や工作でかかわりのあるものを作りの、
楽しそうに持ち帰りのするもんだから。
そうか、そういう時期かなんて、
大人たちも早い目に思い出すところだが、

 「そんでもルフィんチは、シャンクスがマメだから。」
 「まぁな。」

ケーキやごちそーは、マキノさんが焼くか買うかしてくれっしさ。
シャンクスもプレゼントは用意してくれっけど…と。
それでなくたって子煩悩なご一家だけに、
どんな小さい行事にもかこつけて、
やれめでたいと場の中心に引っ張り出されてる王子様、
そういう不満はないらしいのだが、

 「なぁんか物足りねぇとゆーか、
  終業式の日がクィスマスなのって、
  落ち着かねぇと思わね? ゾロ。」

一丁前に胸高に腕を組んでのお言いよう。
ちなみに、ここはどこかと言えば、
船着き場からゾロの家のある方向へと向かう上り坂の途中。
敷地の中には粉挽き工場もありの、
そちらさんも川に面した家業とそれから。
こちらのいが栗頭の小さなお兄さんが、
日々 剣の修行に励んでおいでの道場もある関係で。
ゾロという名前のこちらの長男坊は、
どっちかといや無口で、
ご近所付き合いという社交の方面では、
大人しい性分をしているにもかかわらず、

 「あら、お帰りゾロちゃん。」
 「ルフィも一緒かね。いつも仲いいねぇ。」

中洲じゅうの大人らに、顔と名前のみならず、

 「こないだの昇段試験はおめでとね。」
 「そうそう、中学へ上がったらすぐにも初段だってね。」

来たことないはずの道場での成績まで、
細かく知れ渡ってる世間の狭さよ。
道場と言っても、年少組は子供会の延長みたいなノリなので、
同じ級で稽古に励む子供らが、
どこなと行っちゃあ誰なと話しているに違いなく。

 “…まあ、いいんだけれどもよ。”

褒められようが腐されようが、
それで調子が変わる性分でもなし。
ただまあ、問題があるとするならば。

 「中学に上がったらって何だ?」

ゾロの身の上のことの中、
自分の知らないことがあると不貞る“誰かさん”がおわすので、
そこんところには一応の注意が要りようなくらい。
そして、

 「前にも言ったぞ。
  段位ってのは中学に上がらねぇと貰えないって。」
 「あ、そか。」

柔道はおおむねそうだし、剣道も…流派にもよるのだが、
あまりに幼い身には、資格の1つでもあろう“段位”を授けないのが当たり前。
技だけが身についててもダメという、基本的な方針からなのだろうが、

 「でもさ、ゾロって凄げぇ大人みたいなトコもあっからさ。」

別に構やしないだろうにと、
微妙にうがった言いようをするルフィなのへと、
おやまあと目許を瞬かせた少年剣士殿。

 “……判ってて言ってんのかな。”

  褒められようが腐されようが、
  それで調子が変わる性分でもないけれど。
  ゾロの身の上のことの中、
  自分の知らないことがあると不貞る“誰かさん”が。
  だからこそだろか、
  こういう不意打ちで評価して下さるのが、
  擽ったくてしょうがなく。

 「? どした? ゾロ。」
 「何でもねぇよ。」
 「嘘つけ。目だけ下向いてたもん、何か隠した。」
 「隠してねぇって。」

ポケットん中に砂が入ってただけだ、何だそりゃ…なんて、
結構上手に誤魔化してのち、

 「で? クリスマスと終業式が一緒だと、何で ヤなんだ?」

そうそう、そこから何だか話がよじれてた。
上手に元の話題へと話を戻したゾロへ、

 「だってよ、
  つーしんぼの話とかされながらケーキ食うのは
  なんか色気がねぇじゃんか。」
 「色気…。」

どこで仕入れた言い回しかしらねと、
さしものゾロとて、目が点になりかかる。
恐らくは“情緒がない”的なことを言いたかったらしいのだが、
荷役仕事をこなす荒くたい船乗りたちが集まるお宅は、
そういう言い回しばかり飛び交う家でもあるものだから。

 “こういうのを聞いた大人がまた、
  そりゃあいいやと笑うばっかで窘めねぇもんな。”

兄上のエースが妙にマセていたのはそのせいに違いなかろうに…と、
彼からだってずんと年上のお兄さんを掴まえて、
そういう覚えが浮かぶ辺り、
自分だって結構おませな少年剣士さん。

 「ツリーだってよ。
  仕事終わったおっさんたちが順々に帰って来たそのまま、
  一気に ぱぱって飾るんだぜ?」

日頃はそれぞれの自宅や
社宅もどきの共同の住まいへ戻る彼らだが、
盆暮れとクリスマスだけは、
それのせいでの忙しいのが一段落したという打ち上げも兼ねてか、
社長であるシャンクスの自宅へ集まっての
どんちゃん騒ぎになるがため、
そういう運びになるらしく。
よって、

 「毎年毎年、新しいツリーを飾んのはいいとして、
  ギリまで何にもしねぇから、
  もしかして今年は忘れてんじゃないかって。」

クリスマスが何日かも大雑把な大人とか、
もう彼女なんて出来っこねぇって悟ってるオヤジはともかく、

 「子供には大事なぎょーじなのによ。」

いい気なもんだよなと、ぷんぷくとお怒りらしい坊やのお言いよう、
よくも吹き出さずに聞いていられるものだという方向で、
まだまだお子様なゾロ兄の方も、大した大物だったりし。
どこまで意味が判ってるルフィなのかはともかく、
(笑)
大人の都合で振り回されてることへ、
かすかながらも不満を感じ続けているらしいというのは判ったので。

 「ウチのツリーは今日飾るんだってよ。」
 「え?」

 道場の前に置く、あの大きいのか?
 ああ。

 「くいなが試験休みの後も、部活の納会とか買い物とかでバタバタしててな。
  やっと今日から暇になるんだと。」

 「じゃあ…。」

大きなドングリ眸をきらりんと瞬かせ、
並んで歩いてたお兄さんの腕をぎゅうと掴んだ小さな王子。

 「早く帰ろ。でないと、飾るの終わるぞ。」
 「いや、それは大丈夫だろと思うけど。」

脚立に登らにゃ届かぬところとか、
そもそもの手始め、
作り物とはいえ結構な大きさの鉢植えのモミの木を運ぶのとか、
ゾロに任せると言っていたから。
昼までガッコの自分が戻ってから始めると言ってたぞと言いつのるの、
きっとの全然聞かぬまま。
早く早くと幼い一生懸命さで引っ張るところ、
何とも可愛らしかったりするものだから。

 “…しょーがねぇなー。”

それこそ、一端の大人みたいな感慨と口調を胸に、
はいはいと引っ張られてやる小さな剣豪さん。
この時期にはまだまだ暖かい、いいお日和の降りそそぐ中、
仲のいい男の子二人、変則的な電車ごっこのように連なって、
ほてほて歩む、師走の一景。
どこやらのお屋敷の矢来垣越し、
ポインセチアに似た緑の千両が風に揺れつつ見送った。




  〜Fine〜  10.12.20.


  *そういや、こちらのルフィさんは、
   クリスマスはサンタの誕生日だと覚えてたんでしたね。
   今年はさすがに“違う”ってのは判っているのかなぁ?
(笑)


  
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